サイト構築とは全く関係ない話。

先週の土曜日の昼、仕事中のはなこさんから電話があった。

聞くと、はなこさんが幼い頃からとてもお世話になっていた、はなこさんの伯父さんが急逝したとのこと。

その伯父さんは、短い間だったがボクもとてもお世話になった方だった。

この“サイト構築の紆余曲折”のブログでも、9月16日の“セッションの設定”の記事で冒頭に“今夜から松本に旅立つことになるので~”と書いているが、このときに伯父さんの家に招待されてご馳走を頂いている。将棋のお相手をして頂いたが、伯父さんにコテンパンにされた。

それ以外にも、伯父さんとその奥さんの趣味がボウリングと聞いて(以前、パーフェクトも達成したほどの腕前だった)わざわざ松本までマイボールを持って伯父さんとボウリング対決をして頂いたり、逆に伯父さん夫婦が神戸に遊びに来られた時にははなこさんの弟夫婦とともに六甲山の展望台に案内して、いわゆる“100万ドルの夜景”を見て頂いたり、、、

当然、はなこさんが元々娘のようによく可愛がってもらっていたからこその話だが、まったく血は繋がっていないボクのことも本当の親戚のように可愛がってもらっていた(少なくともボクはそう感じている)。

だからボクとの関係は“伯父さん”でもなんでもないのだが、敢えて“伯父さん”と書く。(許してくれるかな?)

お会いする度にいつもニコニコされていて、年甲斐もない表現だが本当に“大好きな”伯父さんだった。

一月半前にお会いしたばかりで、本当に元気そのものだったその伯父さんが急に亡くなったと聞いて、短いお付き合いだったボクでさえショックだったのだから、幼い頃から可愛がってもらっていたはなこさんの受けたショックは計り知れない。

はなこさんにお願いされるまでもなく、土曜日の晩、松本に急行した。

日曜日の午前3時に伯父さんの家に到着し、伯父さんのお顔を拝見したが、まるで眠っているようだった。

じっと顔を見ていると、今にもまぶたや口がピクリと動きそうだった。

でも、動かなかった。

本当に、悲しかった。

配達のお仕事をされていたのだが、恐らく心臓か脳に突発的なことが起こって軽トラックの運転中に意識を失い、そのまま右前方の電柱に激突してしまったそうだ。

事故による直接的な死因は、“外傷性ショック”というものらしい。

衝突の音を聞いた近所の方が119番に連絡してくださり、10分後には現場に救急車が到着したらしいが、潰れた運転席に足が挟まっていて救出が少し遅れたらしく、病院に着いた頃には既に心肺停止状態だったそうだ。

何故、運転中だったのか。

運転中だったとして、何故、電柱にぶつかったのか。

電柱にぶつかったとして、何故、右前方(つまり運転席側)の電柱だったのか。

心臓か脳に突発的な“なにか”が起こったとしても、直接的な死因が“外傷性ショック”である以上、もしその3段階のいずれかが外れていたら助かっていたかも知れない。

そう考えると、悔しい。

本当に、悔しい。

突発的な事故で人が亡くなる場合は、“もし、、、”を考え出すとキリがないのかも知れない。

しかし、残された人間の側は、それでも“もし”や“何故”を考えてしまう。

これが、他人の過失によって“被害者”となっていた場合は、もしかしたら“加害者を恨む”方向に気持ちを持っていくこともできるかもしれない(それが“いい”というワケでは決してないが)。

だが今回のような場合だと、自分の“外側”に対する気持ちのやり場がない。

伯父さんが亡くなった当日、残された奥さんが“私がお父さんに無理をさせたからいけないんだ”と、自責の念に駆られていたのが本当に痛ましかった。

葬儀場の“空き”がなかったらしく、通夜が月曜日、葬儀が火曜日という段取りとなったため、日曜日が丸一日空いた。

その、伯父さんの亡骸にずっと寄り添う“一日”があったためか、奥さんにも少し、ほんの少しだけだが気持ちの整理が着いたように見えて、周りも少し安心した。

伯父さんには、はなこさん(=ボクと同い年)と歳が前後する息子さん(つまりはなこさんの従兄弟)が二人いて、その二人が喪主を務めていらっしゃった。

土曜~日曜こそはお二人ともひっそりと伯父さんの傍で泣いている様子も見られたが、通夜・葬儀当日はお二人とも一切涙を見せることなく、気丈に振る舞っていた。

強いんだな、と思う。

いや、本当の心の奥底はわからない。

泣きたくて、泣きたくて、仕方がないのかもしれない。

でも、それを微塵も見せないのが本当の“強さ”なんだと思う。

ボクは、弱い。

情けないくらいに弱い。

社会人になって、それじゃダメだと思い、強がっていた。

でも、本当の自分の“弱さ”と、表面上の“強がり”の間に次第に歪が生じてきた。

そしてある時、決壊した。

死のうともした。

単に、弱い、情けない自分を晒け出すことからの“逃げ”、強がる故の弱さに対するくだらない“否定”だった。

いや、同情してもらいたかったのかもしれない。

「死にたいほど苦しかったんだね~」って。

どちらにせよ、アホだ。バカだ。カスだ。

救いようのないアホバカカス“だった”と今は本当に後悔している。

今でも、相変わらずボクは弱い。

相変わらず、アホバカカスの3拍子は見事に揃っている自信はある。

ただ以前と違うのは、3拍子揃っていることをしっかり自覚し、こんな3拍子揃いでも周りに心配してくれる人や支えてくれる人が少なからず存在していることをしっかり自覚していること。

両親、姉、はなこさん、“ダメ”の仮面を被っている友人たち、数え上げたらキリがないが、そんな周りの人たちへの感謝の気持ちは忘れまいと思う。

伯父さんのように、関わる全ての人から愛されて、全ての人から惜しまれる、そんな存在にはなれないかもしれない。

でも、少しでも近付きたいと思う。

はなこさんの従兄弟のように、本当の“強さ”は一生手に入れられないかもしれない。

でも、少しでも“強く”ありたいと思う。“強がり”ではなくて。

そうすることが、周りの人たちへの恩返しになるのかなと思う。

今のところ、“思う”だけで少しも実行できていないが、これからちょっとずつ、頑張っていこう。

そしたら、少しは“救いようのある”3拍子揃いになれるかな?

話がとっ散らかってしまったが、伯父さんの悲しい出来事を通して、改めて色々考えさせられた。

ありがとう、伯父さん。

ボクはまだやらなくちゃいけないことが山ほどあるので当分伯父さんのトコへ行く気はありませんが、松本から帰ったばかりでちょっと疲れたので今日は寝ます。

伯父さんはどうか、永久(とわ)に安らかに眠ってください。合掌。